緒方洪庵誕生地

緒方洪庵銅像ー緒方洪庵誕生地ー

洪庵銅像

江戸時代末期に蘭学者として天下に名をはせた緒方洪庵(1810~1863)の誕生地。現在は銅像、顕彰碑の建てられた宅地と古井戸が残っているのみ。足守の町並み保存地区から足守川の大井橋を渡って細い路地を越えた先の山裾にある。

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名称 岡山県指定史跡 緒方洪庵誕生地(おがたこうあんたんじょうち) 昭和34年3月27日指定
所在地  岡山市北区足守
TEL  ー
概要 緒方洪庵(1810~1863年)は、江戸時代後期の蘭学者、教育者。

文化7年(1810)、備中足守藩士佐伯惟因の三男として、この地に生まれた。

15歳の時、大阪の蘭方医、中天游の門に入って蘭学をはじめ、文政13年(1830)、
江戸に下り坪井信道の蘭学塾に入った。

また、天保7年(1836)には長崎に遊学し、オランダ商館長らから医学や西洋事情に
ついて学んだ。

洪庵29歳の時、医業の傍ら蘭塾「適適斎塾(適塾)」を大阪に開き、福沢諭吉、
大村益次郎、佐野常民、橋本佐内ら多くの門弟を育てた。

また、洪庵はオランダ人によって伝えられた種痘に成功した。

そして、嘉永3年(1850)には足守藩主木下利恭の招きに応じて、足守の除痘館で
種痘を施した。

近隣を含めてその数500人に及んだと伝えられている。

緒方洪庵には「扶氏経験遺訓」や「病学通論」など翻訳、著述が多数あり、近代医学へ
の貢献は計り知れない。

この生家跡は、指定面積686平方m、中央に顕彰碑が建つ、この顕彰碑下には洪庵の臍
の緒、元服の時の遺髪が埋められているという。平成9年10月 岡山市教育委員会(現地案内板)

交通  JR岡山駅より大井行バス約45分、足守郵便局前下車徒歩約5分、

岡山自動車道岡山総社ICより車約10分

駐車場  普通車20台、バス3台(足守観光駐車場、無料)

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