国鉾公園

国鉾公園

昔早島は「吉備の穴海」と呼ばれる海に浮かぶひとつの島であった。
高梁川や旭川の沖積作用により海は浅くなり、戦国時代の末、宇喜多秀家による干拓をきっかけに沖へと陸地を広げ、江戸時代旗本戸川氏治世下では、藺草(いぐさ)の栽培が促進された。また四国の金比羅往来が通っていた為多くの旅人達で賑わった。

早島が瀬戸内に浮かぶ島だった頃の生活道を復元して「不老の道」と名付けた散策コースが整備されている。
国鉾公園もそのコース上にあり、桜・ツツジ・サツキ・フジ等が植えられている。(早島ふれあいの森公園横)
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