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倉敷美観地区

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倉敷川沿いの柳並木に映える白壁となまこ壁の蔵屋敷、この風景は江戸時代の寛永19(1642)年、幕府の直轄地天領になってから形成されていった。

天領の代官支配を受けてからは、新田開発による農地の増加、綿花の栽培による商工業の発展により周辺から多くの人々が流入する。そして備中、美作、讃岐の米、綿、油などが陸路、水路を通じて集荷・搬出されるようになり一大商業地として繁栄。

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川沿いには綿花問屋、米穀、肥料問屋などの倉庫が次々と建てられ、物資を積んだ船から荷をおろす人々や、それを運ぶ大八車の往来で大変賑わったといわれる。

幕末を迎えると220年余り続いた代官所(現在のアイビースクエア付近)は、倉敷浅尾騒動-慶応2(1866)年-で灰燼に帰す。明治維新になって跡地は倉敷県の県庁となるも、間もなく倉敷県は廃止(明治4年)となりしばらく放置されるなど大きな変遷を経る。

明治21(1889)年、地元の先覚者たちによって倉敷紡績所が創設されると、再び倉敷繁栄の始まりとなり世界恐慌真っ只中にかかわらず昭和5(1930)年の大原美術館の開館などを経て、現在の美観地区の礎が形成されていった。

平成の今も江戸から明治大正にかけての日本の風景をそのままに残すここ美観地区であるが、この景観を維持するには相当の先見性とそれを理解して街並みの保存に努めた地元財界、そして戦後間もない昭和23年、大原孫三郎・総一郎に招かれて倉敷に居を移し、米倉を改装して倉敷民芸館の開館に尽力した初代館長の外村吉之介(1898~1993)氏をはじめとし、商工会議所、町の人たちの協力と努力があったといわれている。

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日本民芸館の開館-昭和23(1948)年-に続いて、昭和25(1950)年には倉敷考古館が、昭和42(1967)年には日本郷土玩具館がオープンし次第に倉敷美観地区の現在の形が出来上がってきた。

日本の多くの地域が、戦争で焼失し或いは古い建物を取り壊していった中、建物はその外観を残したままで、時代の変化に対応した店や美術館、博物館に変え、これだけのものが残っている事は、本当に素晴らしい事である。

倉敷の街が爆撃の対象にならなかったのも、一部では西洋美術を集めた大原美術館があった為だとも言われている。
以前、萩を訪れて寺のお坊さんの話を聞いたことがあるが、あれだけの街並みを残す為の街の人たちの努力は相当のもののようだった。倉敷の街の人たちの努力に感謝したいものだ。

倉敷美観地区の街並みの背後には、緑豊かな鶴形山が控えている。
鶴形山の名前は昭和以降の呼び方で、古くは、この山は、吉備の穴海と呼ばれる瀬戸内海の浅瀬に浮かぶ小さな島であった。
倉敷村の黎明期に村の鎮守として妙見宮が祀られており、妙見山と呼ばれていたとか。ここには、今もこの地域の古くからの信仰の対象である阿智神社観龍寺がある。この公園から、吉備の穴海を想像しながら倉敷の町並みを眺めるのも良いもの。
春には桜や藤の花を、秋には紅葉を楽しむことができる。

倉敷美観地区は、昭和54(1979)年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。

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大原美術館

大原美術館

大原孫三郎が友人の画家児島虎次郎に託して収集した西洋美術を中心とし、中国、エジプト美術等も加えて展示するために建築したギリシャ様式の建物で日本最初の西洋美術館。

倉敷民芸館

倉敷民芸館

倉敷民芸館

民芸のよき理解者であった大原孫三郎が、滋賀県出身の民芸運動家であり染色家の外村吉之介氏を招き、江戸時代に建てられた米倉を活用して、戦後間もない昭和23(1948)年に開館。

倉敷考古館

倉敷考古館

倉敷考古館

倉敷民芸館に続き昭和25年に開館。江戸時代の米倉を改装、吉備地方を中心とした出土品、出土器、各時代(縄文・弥生・古墳・奈良・室町)の代表的な考古学資料を年代順に展示。

いがらしゆみこ美術館

いがらしゆみこ美術館

いがらしゆみこ美術館

いがらしゆみこの作品展示の美術館。漫画の原画や原稿、アニメグッズや付録、玩具の展示。絶版で読めなくなった漫画本が読める秘蔵ライブラリー、ミュージアムショップもある。

旧大原邸

旧大原邸

旧大原邸

江戸時代後期のこの地方の代表的な町屋の一つ。綿の仲買で大いに栄えた大原家の住宅で母屋をはじめ離座敷、内倉、倉など10棟の建物と宅地が国の重要文化財に指定されている。

有隣荘ー大原家旧別邸ー

有隣荘

有隣荘ー大原家別邸ー

大原孫三郎が妻の為旧大原家住宅の隣に建てた別邸で、緑色の瓦から「緑御殿」とも呼ばれている。緑色の瓦にオレンジ色の壁は、黒い瓦に白壁の倉敷美観地区の中でひときわ目を引く。

倉敷アイビースクエア

倉敷アイビースクエア

倉敷アイビースクエア

明治22(1889)年操業、倉敷紡績の工場を改築再生した宿泊・文化施設で赤レンガに絡むツタが印象的。ホール・ホテル・レストラン・資料館・美術館・体験工房やショップなど魅力ある施設が集まっている。

倉敷物語館ー長屋門ー

倉敷物語館

倉敷物語館

美観地区の入口に位置、南側の長屋門や塀、西側の路地に江戸時代の景観が良く保存されている。旧大橋家の住宅(建築年代ー江戸中期1760頃)を改修したもので倉敷の歴史や文化を紹介。

桃太郎のからくり博物館

桃太郎のからくり博物館

桃太郎のからくり博物館

目の錯覚を利用したからくり(だまし絵)や、桃太郎の歴史資料ー江戸時代の古文献、浮世絵、絵本、大正・昭和時代の玩具などーを展示。館長さんのちくわを使った演奏が聞けるかも?

薬箪笥ー林源十郎商店

薬箪笥

林源十郎商店記念室

明暦3(1657)年倉敷で生まれた薬屋「林源十郎商店」と地域の人達から愛された第8代(林孚一)と第11代(林源十郎)の二人の当主の物語を創業時から現在までを、写真や記念の品をまじえて紹介。

星野仙一記念館

星野仙一記念館

星野仙一記念館

倉敷市生まれー昭和22年ー倉敷商業高校、明治大学を経てドラフト1位で中日ドラゴンズに入団した星野仙一の野球人生をたどる貴重な記念品(400点)を展示。感動シーンの写真やビデオも上映。

井上家住宅

井上家住宅

井上家住宅

倉敷河畔、重要伝統的建造物群の中でも代表的大型町屋で、最も古くから存在する建物の一つ。主屋は、江戸時代中期の正徳年間頃(1711~1716)の建築と推測されている。

阿智神社ー随神門ー

阿智神社

阿智神社

阿智神社の杜は阿知潟に浮かぶ小島であったとされている。応神天皇の時代この小島に朝鮮半島より渡ってきた阿知使主一族が盤座や磐境に鶴亀の石組や陰陽思想的な盤座を組み合わせた斎場を造ったのが始まり。

観龍寺参道

観龍寺

観龍寺

美観地区の街並みの背後、鶴形山の一画にある西国三十三所観音霊場の一つ。美観地区を訪れたら直ぐそばにある鶴形山公園に上がることをお勧め。ここの境内から倉敷の町並みを眺めるのも良い。

鐘楼ー鶴形山ー

鐘楼ー鶴形山ー

鶴形山の鐘楼

江戸中期の寛保2(1724)年に創建され以来村に時を知らせる鐘として親しまれてきた鐘楼で、幾度かの喪失と再建を経て昭和24年故大原総一郎氏により寄付された鐘が自動鐘打機により打ち鳴らされている。

奈良萬の小路

奈良萬の小路

奈良萬の小路

倉敷美観地区の入口、林源十郎商店の近くに奈良萬の小路がオープン(2013年3月24日)。倉敷の老舗「奈良萬旅館」と古民家を改装して、和食、イタリア料理、カフェギャラリー、バー、ラーメン、串焼きなどの店舗が入居している。

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カフェ エル・グレコ

カフェ エル・グレコ

大原美術館のすぐ隣にある蔦で覆われた大正ロマンの香りを色濃く残すカフェ、建築家薬師寺主計設計、大原家の事務所であった建物を、昭和34(1959)年に喫茶店に改築したもの。「受胎告知」の作者名から採った。

平翠軒

平翠軒

平翠軒

倉敷美観地区本町通り沿い、阿智神社の南側石段を降りた所にある。その地域独特の自然や風土を生かして、干す・煮る・燻す・漬ける・練る・醸すなどにより作られた食べ物を集め、大正時代の倉庫で展示販売する店。

川舟流し

川舟流し

くらしき川舟流し

両側に白壁になまこ壁の蔵屋敷の建ち並ぶ倉敷川。川面から柳並木越しに町並みを眺めるのも良いもの。5月のGW時のハートランド倉敷では瀬戸の花嫁、くらしき藤娘、かぐや姫の川舟流しを見ることができる。

倉敷館観光案内所

倉敷館観光案内所

倉敷館観光案内所

大正6年に開所した倉敷町役場跡。現在は倉敷館観光案内所として美観地区の観光案内の拠点となっている。主要業務ー観光案内、観光物産品の販売、くらしき川舟流しチケット販売、観光パンフレット等設置等。

倉敷国際ホテル

倉敷国際ホテル

倉敷国際ホテル

JR倉敷駅から徒歩約10分、倉敷美観地区入口にあり大原美術館に隣接したホテル。木のぬくもりが感じられる落ち着いた客室で、JR倉敷駅から国道2号線に延びる倉敷中央通りに面している為車でも便利。

グルメー倉敷美観地区ー

グルメー倉敷美観地区ー

グルメー美観地区内ー

倉敷美観地区内に有る昼食、食べ歩き、みやげ物に適したグルメショップを順次ご紹介。観光案内所には、1,500円ランチの店を紹介したパンフレットが置いてあります。

駐車場ー倉敷美観地区周辺ー

駐車場ー倉敷美観地区周辺ー

駐車場ー美観地区周辺ー

倉敷美観地区内に駐車場は殆んど無く小規模の駐車場が少し。徒歩5分程度の周辺地区には、比較的大きな駐車場がいくつかある。倉敷芸文館地下駐車場、倉敷中央駐車場は市営駐車場で美観地区とも非常に近い。

倉敷美観地区周辺

倉敷美観地区周辺

倉敷美観地区周辺案内

倉敷の町は、江戸時代までは水運が中心で倉敷川周辺を中心に大いに栄えた。明治24年、山陽鉄道が開通することにより、倉敷の中心は倉敷川に面した倉庫街から倉敷駅に次第に移ってきたものと思われる。

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