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倉敷市真備地区

倉敷市役所真備支所 TEL 0866-98-1111 〒710-1398 倉敷市真備町箭田1141-1
町の中央を小田川が東西に流れ、東端で北方より流れてきた高梁川に流入している。箭田西山遺跡を始めとする数々の遺跡からは弥生時代から稲作文化が発達していたことが伺える。

奈良時代には遣唐使として二度海を渡り、後右大臣として奈良朝政治史に大きな名を刻んだ吉備真備を輩出した。小田川の右岸には、余生を琴を弾いておくったといわれる真備の、風雅を忍ばせる琴弾き岩が。

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主な見所

箭田大塚古墳まきび公園吉備公廟吉備寺真備公産湯の井戸琴弾岩真備ふるさと歴史館横溝正史疎開宅

箭田大塚古墳

箭田大塚古墳

箭田大塚古墳

6世紀後半~7世紀の築造と見られる横穴式古墳で石室には巨石が用いられている。玄室の3基の石棺の内2基は追葬されたもので、明治34(1901)年の調査時に須恵器、土師器、刀剣、馬具や金環、勾玉などが多数発見された。

吉備真備公産湯の井戸

真備公産湯の井戸

真備公産湯の井戸

この地は小田川の支流子洗川の上流にあり、かって吉備公の御館があったといわれている。この井戸は真備公が生まれた時産湯に使われた井戸とされ真備が生まれる前夜にはこの井戸に星が落ちたとも伝えられている。

吉備公館址

吉備公館址

吉備公館址

吉備公産湯の井戸から50m程南の道路脇に吉備公館址と刻まれた石碑とその隣に何故かラテン語で書かれた石碑が建っている。この付近は吉備真備の父下道圀勝氏の館が有った跡あるいは吉備公の御家人の子孫が住んでいた跡ともいわれている。

山門ー吉備寺ー

山門ー吉備寺ー

吉備寺

まきび公園に隣接してある吉備真備の菩提寺。というよりまきび公園がこの寺に隣接して造られている。寺の前の丘陵の上には神社があり御神体は吉備真備の墓。時代と共に吉備真備の顕彰の仕方は変わっているが尊崇するその心は同じ。

吉備公廟

吉備公廟

吉備公廟

まきび公園の南側の丘陵上、通称「吉備さま」と呼ばれる神社の拝殿奥に祀られており、勉学・文教・書道など学問の神様としても信仰を集めている。まきび公園側の参道の石段からは、まきび公園と吉備寺を眺めることが出来る。

丸窓ーまきび公園ー

丸窓

まきび公園

スーパーや商店の立ち並ぶ国道486号線から北に少し北に入った、道路の喧騒を忘れさせる様な静かな所にある中国風の公園。昭和61(1986)年、中国の西安市に吉備真備公の記念碑が建立されたのを記念してここ真備町に造られた。

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琴弾岩

琴弾岩

琴弾岩

国道486号線の倉敷市真備町から矢掛町への境界付近の小田川を隔てて対岸、猿掛城への登り口付近にある河畔の岩。真備町側だと琴弾橋、矢掛町側では福頼橋(ふくよりばし)を渡ると丁度両橋の中間付近やや真備町寄りにある。

真備ふるさと歴史館

真備ふるさと歴史館

真備ふるさと歴史館

横溝正史疎開宅から歩いて10分程の岡田大池べりにある真備ふるさと歴史館。江戸時代この岡田地区付近が、岡田藩の陣屋町であった頃の古文書と陣屋町の様子、横溝正史の東京の書斎や横溝正史の疎開生活の様子、写真などを展示。

横溝正史疎開宅

横溝正史疎開宅

横溝正史疎開宅

推理小説作横溝正史とその一家が、東京から疎開し昭和20年初めから足かけ4年間過ごした所。この疎開宅で海外小説を読み、地域の人々と交流、「八つ墓村」等を著述した。また、「本陣殺人事件」等の舞台としてこの地を取り上げている。

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