福山城跡

福山城跡

新田義貞と足利尊氏の対立による南北朝時代の端緒となった備中福山合戦の地。麓には清音ふるさとふれあい広場や古墳群があり散策路も整備。山頂や途中の幸山城跡からは総社市内は勿論真備町方面、良く晴れた日には大山方面まで望むことが出来る。

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名称  国指定史跡 福山城跡 昭和11年12月16日指定
所在地  総社市西郡
TEL  0866-92-8277 総社市商工観光課
概要  源頼朝に始まる鎌倉幕府(1192~1333)は、新田義定、足利尊氏の勢力拡大により滅亡、
後醍醐天皇による政治が始まった。

しかし、それも長くは続かず、天皇方の新田義定と、足利尊氏が戦い、尊氏は戦いに敗れ
九州に退いた。

尊氏は九州にて勢力を立て直し瀬戸内海を舟で東進、倉敷市下津井港に上陸。

弟、足利直義は矢掛町横谷に集結し、山陽道を東に進み高梁川を渡り福山
(標高300メートル)を包囲した。その数30万騎。

福山城は、新田義定方の武将大井田氏経が守り、善戦するも足利の大軍に破れ兵庫県に退いた。

この戦いを福山合戦と言う。ー延元元年(1336)年5月18日ー

福山合戦で勝利を得た足利勢は、湊川(神戸市)で新田勢を破り入京、光明天皇を擁立、
後醍醐天皇は吉野に移って南北朝の対立が始まった。(現地案内板より抜粋)

交通  JR総社駅より総社山手循環バス約10分西郡下車徒歩約40分、

山陽自動車道倉敷ICより車約10分徒歩約40分

駐車場  無し

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