方谷庵

方谷庵

山田方谷(1805~1877)が、隠棲後の明治5(1872)年、外祖父母の霊を弔うため母の生家西谷家の菩提寺、金剛寺境内に建立した小庵。外祖父母の位牌を祀る仏間(三畳)と炉のある床の間(三畳)を中心とした平屋建、切妻造、桟瓦葺(もと柿葺)の簡素な茶室風の建物で正しくは継志祠堂と呼ばれている。

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名称  岡山県指定史跡 方谷庵 昭和40年2月24日指定
所在地  新見市大佐小南 金剛寺境内
TEL  0867-98-2112 新見市大佐支局市民福祉課
概要  この庵は幕末の政治家、学者教育者で備中聖人と呼ばれた山田方谷(1805~1877)が
明治5年(1872)に外祖父母の霊を弔うため、母の生家西谷家の菩提寺である金剛寺境内
に建立したもの。

外祖父母の位牌を祀る仏間(三畳)と炉のある床の間(三畳)を中心とした平屋建、
切妻造、桟瓦葺(もと柿葺)の簡素な茶室風の建物で正しくは継志祠堂と呼ばれている。

山田方谷は、文化2年(1805)に阿賀群西方村(現高梁市)に生まれ新見の儒者丸川松隠に
学んだのち、備中松山藩に召出され、藩校有終館の会頭・学頭として子弟の教育に当たった。

嘉永2年(1849)藩主板倉勝静の信任を得て藩政改革を進め藩財政の立直しに貢献し、また
勝静が幕府老中首座のときそれを援けて活躍した。

明治維新後は当小阪部塾を開いて子弟の教育に当たるとともに、しばしば当庵を訪れ、祖先
の霊を弔って晩年を過した。

(旧)大佐町(現)新見市教育委員会・岡山県教育委員会(現地案内板)

料金  無料
開館時間  規定なし(事前連絡が必要)
休館日  無し
交通  JR姫新線刑部駅より徒歩約20分、または車5分、

中国自動車道新見ICより車20分

駐車場  普通車5台