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醍醐桜

落合地区は真庭市の南東部に、北房地区は真庭市の南西部に位置する。

落合地区は、町の中央を旭川が流れ、西からの備中川がこれに落ち合っている。これら河川によって作られた平坦部の標高は125m前後で、周囲は大野路山などの連峰に囲まれた盆地状地形をしている。中国縦貫自動車道と中国横断自動車道のクロスポイントでもある。
地区の北西部には後醍醐天皇にまつわる桜で推定樹齢1,000年と言われている醍醐桜がある。

 

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GoogleMapー真庭市観光案内地図ー

Google Mapー岡山県北部ー美作地域ーホテル・旅館案内地図ー

主な見所

醍醐桜岩井畝の大桜道の駅「醍醐の里」コスモスの里コスモス広場コスモスパーク北房北房高原スカイパーク大谷・定古墳群なかつい陣屋北房ほたる公園諏訪洞金刀比羅神社伊勢国亀山領陣屋跡高岡神社社叢中津井雛の文化まつり、備中鐘乳穴ー

岩井畝の大桜

岩井畝の大桜

岩井畝の大桜

後醍醐天皇が、隠岐に流される途中立ち寄り、美しさを賞せられたと伝わる「醍醐桜」のある真庭市別所吉念寺から近い所にある。醍醐桜同様ヒガンザクラの一種「アズマヒガン」の老樹で、樹齢約800年と伝えられている。平家の落ち武者が京都より苗を携え植えたものと伝わる。

醍醐桜

醍醐桜

醍醐桜

ヒガンザクラの一種「アズマヒガン」で、推定樹齢は1,000年。「醍醐桜」の名前の由来は、鎌倉時代末期の元弘の乱により後醍醐天皇が、隠岐に流される途中ここに立ち寄り、美しさを賞せられたとの言い伝えによる。規模・樹齢とも県下一。場所は、備中川支流の関川の上流の吉念寺地区。

道の駅「醍醐の里」

道の駅「醍醐の里」

道の駅「醍醐の里」

国道313号線沿いにある道の駅で、後醍醐天皇が、隠岐に流される途中立ち寄り、美しさを賞せられたとの言い伝えのある「醍醐桜」が近くにあることから名づけられた。近くで生産された旬の野菜や加工食品の販売やレストランの営業がなされ、シーズンには醍醐桜の開花情報の発信も行われている。

 

北房地区の中心部付近には中国自動車道北房ICがあり、岡山県北部における交通には恵まれた地域でコスモスの里としての町おこしを行っている。付近一帯には上房台(カルスト台地)が広がっており、備中鐘乳穴、岩屋の穴などの鍾乳洞がある。

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また、北房地区の西端には新見市の阿哲台(カルスト台地)が迫っており、諏訪洞や井弥の穴などの洞窟がみられる。中心部の呰部(あざえ)は、古くから交通の要衝で、備中松山城からの道路が勝山、津山方面と新見方面の二手に分かれる分岐路に当っていた。

コスモス広場

コスモス広場

コスモス広場

旧北房町はコスモスを町花とし、コスモスを活かしたまちづくりを進めてきた。真庭市と合併後もその活動は続けられ、備中川沿いにはコスモス街道が、北房IC近くのコスモスの里ふれあいセンタ-に隣接してコスモス広場が設けられており毎年シーズンにはコスモス祭りが開催される。

コスモス特産市場

コスモス特産市場

コスモスの里ふれあいセンター

地元産の生鮮野菜を中心に、農産物の加工食品や山野草などを販売。隣接のコスモス広場では秋になるといろいろな色のコスモスが咲き乱れ多くの人々で賑わう。また、10月の第2日曜日にはコスモスまつりが開かれ、地元の特産品などを販売するテントが並びステージが盛り上げられる。

コスモスパーク北房

コスモスパーク北房

コスモスパーク北房

ギネスに再挑戦したジャンボコスモスで有名になったコスモスパーク北房。北房地区の高原(標高約450m)に西日本最大級のコスモス園(約10ha・コスモスの種類約70種)が広がっている。満開には少し早かったが、この広い公園がコスモスでいっぱいになるのももう間もなく。

北房高原スカイパーク

北房高原スカイパーク

北房高原スカイパーク

備中高原北房カントリークラブの少し東、標高約400mの高原にあるパラグライダーのフライトエリア。着地地点は下にある標高約200mの田んぼで、滑走路幅10m、長さ30m。

大谷1号墳

大谷1号墳

大谷・定古墳群

真庭市上中津井の地では7世紀に入って大谷1号墳をはじめ6基の横穴式石室の方墳が次々と築かれた。これらを総称して大谷・定古墳群という。6基の各古墳は石垣状の列石を有する段構造の方墳であることを共通点としており、技術的に一連の系譜上にあることを示している。

奥吉備ほくぼう「なかつい陣屋」

なかつい陣屋

なかつい陣屋

「なかつい陣屋」は、江戸時代、備中松山藩主が伊勢の亀山藩に移る際に、伊勢亀山藩の飛地領として代官所を設置した所で、その陣屋跡を復元した農村型リゾートの宿泊施設。ここ中津井地区は、美作津山城下と備中松山城下を結ぶ街道の要衝として発展してきた歴史薫る街。

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北房ほたる公園

北房ほたる公園

北房ほたる公園

この北房ほたる公園付近は、5月下旬から6月中旬にかけて、水の澄んだ備中川の河辺に無数のゲンジボタルが乱舞する。6月の第2土曜日には、ほたる公園で「ほたるまつり」が開催される。また、6月中旬から7月上旬にかけてはヒメボタルも見られるようになる。

備中川のせせらぎと水車

備中川のせせらぎと水車

諏訪洞

カルスト台地の上房台に点在する鍾乳洞の一つで、崖下に全長900mの鍾乳洞がポッカリと口を開けている。入ることができるのは入口から10メートル程度のみであるが、この鍾乳洞から流れ落ちる水の音や水車の回る音は環境庁の「日本の音風景百選」に選ばれている。

金刀比羅神社

金刀比羅神社

金刀比羅神社

中津井川沿いの屏風岩と呼ばれる岩に沿う極めて狭い所に神社が建てられているのに関心を持ち参ってみた。中津井川による浸食によるのか、地殻変動があったのか知らないが、切り立った巨大な岩とその脇に祀られた神社に、人々の自然に対する畏敬の念を強く感じた。

伊勢国亀山領陣屋跡

伊勢国亀山領陣屋跡

伊勢国亀山領陣屋跡

中津井地区は、美作津山城下と備中松山城下を結ぶ街道の要衝として発展してきた歴史薫る街。「なかつい陣屋」は、江戸時代、備中松山藩主が伊勢の亀山藩に移る際に、伊勢亀山藩の飛地領として代官所(陣屋)を設置した跡に復元した農村型リゾートの宿泊施設。

高岡神社社叢

高岡神社社叢

高岡神社社叢

延喜4(904)年に近くの高丸山に勧請、仁安3(1168)年に現在の地に移され、天明7(1787)年に再建され現在に至る。250数段を数える参道の石段の両側の社叢には樹齢100年を超す桧や杉、アラカシなどの大木が並び岡山県郷土自然保護地域に指定されている。

旧菅野邸

旧菅野邸

中津井雛の文化まつり

伊勢亀山藩の飛び地領であった陣屋町中津井、その陣屋跡を復元した宿泊施設「なかつい陣屋」や隣にある旧菅野邸を中心として約40軒の民家に雛人形が並び、さまざまな展示やイベントが開催される。中でも、江戸時代の嫁入り行列を再現した輿入れ道中は圧巻。