作楽神社

作楽神社

鎌倉時代から室町時代にかけて美作国守護の館があった所で後醍醐天皇が隠岐に配流の際には行在所(あんざいしょ)とされた。その庭の桜の幹に児島高徳が十字の詩を書いて天皇を慰めたという話は有名。明治2(1869)年の創建。

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名称  作楽神社
所在地  〒708-0015 津山市神戸433
TEL  0868-28-0719
主祭神 後醍醐天皇、児島高徳
創建 明治2(1869)年、津山藩主 松平慶倫
概要 後醍醐天皇と児島高徳を祭った神社。

この地は後鳥羽上皇の荘園であったことから「院庄」と呼ばれることになった。

後醍醐天皇は元弘の乱(1331)によって隠岐に流される途中、この館に宿泊された。

この時、児島高徳が桜の幹を削り、

「てんこうせんをむなしゅうするなかれ、ときにはんれいなきにしもあらず」
の十文字の詩を書いて、天皇をなぐさめたと言う話は「太平記」で有名。

この故事にちなんで貞京5(1688)年高徳顕彰碑、明治2(1869)年に作楽神社
が建立された。

春季大祭  4月第2日曜日、

桜の花の時期に武道の奉納などの行事が行われる。

サクラの見所  ソメイヨシノ 約100本、花季4月上旬~中旬
史跡 国指定史跡 院庄館跡 大正11年3月8日指定、

院庄館跡は、鎌倉時代から室町時代にかけての美作守護職の居館跡と推定される遺跡。

大正時代の館跡周辺の切絵図には「御館」「御館掘り」「掘り」等の地名が見られ、
当初の館の区域は現在の史跡指定地よりさらに大規模なものであったと推定される。

また「方八十間」といわれた広大な館跡からは、昭和48年から49年と55年から56年
に行われた発掘調査によって、井戸跡、建物の柱穴等が検出された。

現在、館跡の東・西・北の三方には、幸いにも延長約500メートルにわたる土塁が
残っており往時をしのばせている。

津山市教育委員会(現地案内板)

交通  JR姫新線院庄駅より徒歩約15分または車約5分、

中国自動車道院庄ICより車約3分

駐車場  普通車30台、バス8台

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