瀧善三郎義烈碑

瀧善三郎義烈碑

慶応4(1868)年、岡山藩家老日置帯刀率いる岡山藩兵の隊列を外国兵が横切るのを、藩士が制止しようとして外国兵に傷を負わせるという事件(神戸事件)が起きた。その責任者として時の先鋒隊長瀧善三郎は神戸永福寺で外国事務係伊藤俊介(後の博文)や外国代表の前で割腹自殺した。(現地案内板を参考)

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名称  瀧善三郎義烈碑
所在地  〒709-2133 岡山市北区御津金川
TEL  ー
交通  JR津山線金川駅より徒歩約10分、

山陽自動車道岡山ICより車で約15分

駐車場  有り