kyobashi-bridge

京橋附近ー旧山陽道ー

京橋附近ー旧山陽道ー

ー岡山ー
豊臣家五大老の一人、宇喜多秀家が岡山城築城時、かっては岡山の北部を通っていた山陽道を、城下町を繁栄させる目的で、文禄2(1593)年に現在の京橋を通る道に付け替えた。
旭川左岸と東中島の間には小橋、東中島と西中島の間には、中橋、西中島と旭川右岸の間には京橋を架けている。
京橋附近は、かって橋本町と呼ばれ、東から岡山城下に入る玄関口であると共に、旭川を行き来する高瀬舟や四国、大坂方面への海船の船着き場でもあり、岡山城下における水陸交通の要衝として橋本町(現在は京橋町)から新西大寺町にかけての商店街は大いに賑わった。
明治に入って、山陽本線開通後は、岡山駅周辺が交通の中心となり、商店街の人の流れの中心は福岡上之町方面に移り、今では、岡山駅周辺が岡山の中心になってきている。
交通が街づくりに大きな影響を与えることを如実に示したのがこの京橋付近である。
Sponsored Link