Categories: 史跡

備中国分尼寺跡

 

金堂跡礎石

聖武天皇が鎮護国家の考えの下に国分寺と国分尼寺の建立を命じて造られた奈良時代の尼寺跡。平たい松林の中に円形の柱座や地覆座のある金堂の礎石が往時のままに良く保存されている。その他、南大門、中門、講堂、塔の跡なども確認されている。

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南門跡
備中国分尼寺跡碑
金堂跡
名称 国指定史跡 備中国分尼寺跡 大正11年10月12日
所在地 総社市上林・宿
TEL 0866-92-8277 総社市商工観光課
概要 聖武(しょうむ)天皇は仏教の力で戦乱や疫病などの災いから国を守るという鎮護(ちんご)
国家の考えにもとづき、国分寺と国分尼寺の建立を全国に命じたー天平13(741)年ー。

これが「国分寺建立の詔(みことのり)」。

備中国では、この場所に国分尼寺、約500m西に国分寺が建てられた。

備中国分尼寺跡では、金堂などの建物の礎石が地表面に露出し、周囲を取り囲む築地土塀
(ついじどべい)の跡も良好に残っており現在も見ることが出来る。

現存する築地土塀跡から、寺域は南北216m、東西108mと復元でき、その境内には、
南から北へ、南門・中門・金堂・講堂が一直線上に並んでいる。

なお、南門の前には東西に延びる当時の道の存在が発掘調査によって確認された。

見つかっている瓦から、備中国分尼寺の創建は備中国分寺と同じ8世紀中ごろと考えられる。
(現地案内板)

交通 JR伯備線総社駅から車約15分、

岡山自動車道岡山総社ICから車約10分、

山陽自動車道倉敷ICから車約10分

駐車場 普通車200台、バス15台(駐車場から徒歩約10分)

 

講堂跡
講堂跡礎石
食堂又は尼房跡
備中国分尼寺跡
築地土塀
鐘楼又は経蔵跡
備中国分尼寺跡松林
備中国分尼寺跡案内図

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