足高神社

足高神社

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国道2号線沿い、倉敷市笹沖の小高い丘の上にある神社。室町時代までは吉備の穴海に浮かぶ小島で周囲に葦が茂っていたことから「葦高神社」と呼ばれていた。この付近は東西航路の要衝であったが潮流の動きが激しく通る船はすべて帆を下げて山の神に敬意を表し危難を逸れた為帆下げの宮とも呼ばれていた。

名称 延喜式内社 足高神社ー帆下げの宮ー
所在地 〒710-0834 倉敷市笹沖1033
TEL 086-425-7292
御祭神 大山津見の命(おおやまつみのみこと)―神階は正四位上で元県社―

国土御守護の御神ー土上に繁殖する五穀は基より人類草木金銀何によらず一切の物を
守り給うのでその功徳の広さは大きな山を積み重ねたる様でその御名がついたと
言われている。

配神 石長比売命(いわながひめのみこと)ー寿命御守護の御神ー
人の寿命を堅磐常盤に長久する様にとその御名がついている。

木之花佐久夜比売命(このはなさくやひめのみこと)ー熱の病を治せられ給う御神ー
名の通り桜の花の様にやさしく美しく安産の御神。

鎮座 今から約二千年前ー人皇第十代崇神天皇の御代に勧請ー延喜式神名帳に記載ありー

この記載によると足高神社は備中十八社の一なる最古社、

延喜式神名帳ー現存する神社記録の最古の書で平安時代醍醐天皇927年(延長5年)に編さんー

延喜式ー国家行政の基本的施行細則

神名帳ー延喜式、第九・第十巻が官社

官社ーいづれも国家の宗祀(そうし)とあがめられ神社信仰の中心、

 

ご社号 天保年間(1831~1845)迄は葦がおい茂った中に奉斎していたことから「葦高神社」と書いていたが

延喜式神社名帳には足高神社と記載されている為天保年間以後は足高神社と書き改めている。

又、一時期「葦高八幡大菩薩」として奉斎ー現在は「酒津八幡宮」「老松八幡宮」として承継。

皇室との関係 寛和元年花山天皇の御代に足高神社神宮寺 神遊山神官寺遍照院に三重塔の建立あり。

乾元元年後二条天皇の御代 足高八幡大菩薩の勅額のご下賜。

延慶元年三月花園天皇の御代 勅額と獅子頭一対をご下賜。

天暦元年二月十八日村上天皇は藤原兼成卿を使わしてご奉幣ご祈願の儀あり
翌二年不思議な霊験があり神殿をご造営になり有紋の御幕勅書をご奉納。

武将の信仰 天授九年八月九州探題として赴任の今川貞世公は海路の安全を祈願され
高麗犬を奉納。

徳川時代備前池田公の支藩鴨方池田氏の祈願所として尊信せられ世継の際は
代々必ず参拝がありました。

帆下げの宮とは 足高山は四百年前は海中に浮かぶ一孤島であり小竹島、笹島、戸島、藤戸島、
吉備の児島、奥津島とも呼ばれ東西航行の要路でありましたが潮流の動きが
激しく通る船はすべて帆を下げて山の神に敬意を表し危難を逸れた為足高神社を
帆下げの宮と称してあがめ奉りました。
交通 JR倉敷駅より車で約10分、

瀬戸中央自動車道早島ICより車で約15分、

山陽自動車道倉敷ICより車で約25分

駐車場 有り

現地案内板を参考