現備前市穂浪に生れる。本名忠夫。明治25年閑谷黌に入学、一年半ほど在学し、漢学と英語を学び、「国民の友」などによりキリスト教を知る。同29年上京し東京専門学校(現早稲田大学)に入学、同34(1901)年卒業し読売新聞社に入り、美術・文芸・演劇などの記事を担当。

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名称  正宗白鳥(まさむね はくちょう) (1879~1962)ー閑谷学校ゆかりの人ー
役職  小説家 劇作家 評論家
略歴  現備前市穂浪に生れる。本名忠夫。別号に白丁・剣菱・影法師などがある。

明治25(1892)年閑谷黌(こう)に入学し、漢学と英語を学び、また「国民の友」などに
よりキリスト教を知る。

一年半ほど在学したのち、香登のキリスト教講義所に通ったり、岡山の薇陽学院で英語を学ぶ。

同29(1896)年上京し東京専門学校(現早稲田大学)に入学、かたわら市ヶ谷の
日本キリスト教講義所に通い洗礼を受ける。

同34(1901)年卒業し読売新聞社に入り、美術・文芸・演劇などの記事を担当。

一方で小説「塵埃(じんあい)」・「何処へ」などにより自然主義作家としての地位を確立。

同43(1910)年読売を辞し文筆に専念し、郷里を題材とした名作「入江のほとり」を著す。

戯曲・評論に力を注ぎ、「人生の幸福」・「安土の春」などを発表、また欧米を旅行し
作品に活かす。

昭和15(1940)年帝国芸術院会員、同18(1943)年日本ペンクラブ会長に推され、
同25(1950)年文化勲章授賞。

「正宗白鳥全集」13巻がある。(現地案内板)