旧矢掛脇本陣高草家住宅

旧矢掛脇本陣

岡山県南西部、小田川沿いの旧山陽道に面した宿場町の東の入口から入って少し進んだ右側にあるグレー色の壁の建物。江戸時代後期の弘化2(1845)年から明治10(1877)年にかけて建てられたもので、意匠的にも優れた建築群である。

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名称  国指定重要文化財 旧矢掛脇本陣高草家住宅 昭和44年6月20日指定、追加指定 昭和57年6月12日
所在地  矢掛町矢掛1981
TEL  0866-82-2100 矢掛町教育委員会
概要 高草家の祖は因幡国(鳥取県)の守護山名氏と伝えられており、戦国時代に同国高草郡
鹿野城から戦乱を逃れて矢掛の七日市に住したのがはじまりとされている。

屋号を東平田屋といい、宝暦8(1758)年に現在地に居を構え、代々金融業を営んで
財をなした。

寛政10年頃から庭瀬藩の掛屋(会計方)を務め、さらに文化2年頃より藩の札場元方
(札元)として藩札の発行にあたると共に、文化13年から20年にわたって矢掛村庄屋
を務めた。

天保6年には小田郡の大庄屋となり「大高草」とよばれた旧家である。

屋敷地は約600坪(約2,000㎡)で、本陣に次ぐ規模である。

現在の屋敷は当初の敷地を暫次左右に買い増し敷地の増大と共に家屋を建て増したものである。

間口17間(約33m)で、街道に面して東から松陰楼(蔵座敷)、表門(薬医門)、
表屋、家老門とならび、表門は旧庭瀬藩の矢掛陣屋(矢掛町西三成)の門を明治6年
に移築したものである。

表屋、主屋は天保14(1843)年から弘化2(1845)年にかけて建替えられた入母屋造
本瓦葺の大きな建物で、前半を店部分とし、後半を住宅として使用していた。

間取りは中央部分に通り土間を設け、左右に部屋を配している。

とくに表屋の南面格子は格調高い美しさをかもし出している。

敷地内の他、内倉、大倉、中倉、門倉、米倉、供部屋が建ち並び、周囲は塀、長塀で
囲まれている。

建物の意匠は全体に明るく落ち着きがあり、備中南部の民家の特色がみられ、山陽道
における脇本陣の屋敷構えの全貌を伝えるうえできわめて貴重といわれている。

矢掛町教育委員会(現地案内板)

料金  (個人)大人300円、小人150円、

(団体)大人250円、小人100円(20人以上の団体)

開館時間  10:00~15:00
開館日  土曜日、日曜日
交通  JR山陽本線新倉敷駅より矢掛行バス30分、矢掛西町下車すぐ、

井原鉄道井原線矢掛駅より徒歩約8分、

山陽自動車道鴨方ICより車約20分

駐車場  普通車30台、バス2台(宿場町矢掛の観光客用駐車場)

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