備中高松城跡

 

備中高松城本丸跡

備中高松城本丸跡

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国指定史跡 高松城跡 附水攻築堤跡(昭和4年12月17日指定)

高松城とは・・・・・ 高松城は、備前国に通じる平野の中心しかも松山往来(板倉宿から備中松山へ至る)沿いの要衝の地にあり、天正10(1582)年の中国役ー備中高松城水攻めーの主戦場となった城跡として有名である。
城は沼沢地に臨む平城(沼域)で、石垣を築かず土壇だけで築成された「土城」である。

城の周辺には、東沼、沼田などの地名に象徴されるように、沼沢が天然の外堀をなしていたのが窺われる。
縄張りは、方形(一辺約50m)の土壇(本丸)を中核にして、堀を隔てて同規模の二の丸が南に並び、さらに三の丸と家中屋敷とが、コの字状に背後を囲む単純な形態である。本丸は江戸時代初期にも陣屋として活用されていた。(現地案内板)

備中高松城本丸跡

備中高松城 本丸跡

備中高松城 二の丸跡

備中高松城 二の丸跡

備中高松城 本丸跡-2

備中高松城 本丸跡-2

備中高松城 本丸跡-3

備中高松城 本丸跡-3

備中高松城 二の丸跡-2

備中高松城 二の丸跡-2

備中高松城 二の丸跡-3

備中高松城 二の丸跡-3

備中高松城 三の丸跡-2

備中高松城 三の丸跡-2

備中高松城 三の丸跡-3

備中高松城 三の丸跡-3

備中高松城配置図

備中高松城配置図

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