阿智神社の磐座

阿智神社の磐座

Sponsored Link



阿智神社のある杜は、古くは阿知潟(あちがた)と呼ばれる浅瀬の海に浮かぶ小島であったとされている。

第15代天皇 応神天皇(4世紀末~5世紀初め頃)の時代、この小島に朝鮮半島より渡ってきた阿知使主(あちのおみ)一族が、日本に古くから伝わる盤座や磐境に、彼ら大陸の蓬莱思想に基づく鶴亀の石組や陰陽思想的な盤座を組み合わせた斎場を造った。これは、日本で最も古い蓬莱様式の庭園と考えられている。

本殿西の磐座ー阿智神社ー

本殿西の磐座

本殿西側の磐座

阿智神社本殿に向かって左側、すなわち本殿の西側にある鶴亀の石組。これは朝鮮半島からの渡来人が、中国から伝来した鶴亀の神仙蓬莱思想を導入したものと思われている。

磐鏡と磐座ー阿智神社本殿東側ー

磐鏡と磐座

本殿東側の磐座

本殿の東側にある磐境と磐座。磐境・磐座は、古代の日本で神が降臨される場所と考えられていおり、磐境・磐座の前で祭祀が行われていた。

枯滝石組ー阿智神社ー

枯滝石組

枯滝石組

阿知の藤の藤棚の横から上にかけて枯れ滝式の石組が見られる。この石組は本殿の両側にある鶴亀の石組、磐境・磐座などと共に日本庭園に見られる石組の起源を探る貴重な資料として注目されている。

陰陽石ー阿智神社斎館北ー

陰陽石

斎館北側の磐座

阿智神社斎館北側の庭園にある磐座で、この磐座には中国から伝来した陰陽思想が導入されている。コトバンクによると、斎館とは神職などが神事に携わる前に心身を清めるためにこもる建物とか。

Sponsored Link



阿智神社磐座案内図

阿智神社磐座案内図