妹尾太郎兼康公墓

妹尾太郎兼康公墓

妹尾太郎兼康公墓

妹尾太郎兼康公は備中妹尾の豪族で平氏の家人として数多くの武功をたてると共に農業にも深く意を注ぎ領内においては新田を開発し嘉永元年には十二ヶ郷用水の取水口である湛井井堰を開設するとともに、用水路の整備をしたとされている。

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名称  妹尾太郎兼康公墓
所在地  岡山市北区吉備津
TEL  ー
概要  妹尾太郎兼康公(1126~1183)は、備中妹尾の豪族で平氏の家人として数多くの
武功をたて、豪勇の名をとどろかせた武将である。

併せて、農業にも深く意を注ぎ領内においては新田を開発し嘉永元(1182)年には
十二ヶ郷用水の取水口である湛井井堰(総社市湛井)を開設するとともに、用水路の
整備をしたとされている。

平家物語にも平清盛の信頼を受け平家の侍大将として、寿永2年10月12日、木曽義仲の
軍勢と笹迫や板倉城で戦い、討ち死にしたとある。

その後、家臣の陶山道勝(すやまみちかつ)は屍を城跡に埋めて供養の為寺を建てた。

それが道勝寺で、現在は鯉山小学校校地となっている。

用水流域の十二ヶ郷六十八村(現三市)の人々は殆んど干ばつを知らずその恩恵を享受
してきた。

鯉山小学校文化財保護少年団・湛井十二ヶ郷組合(現地案内板)

陶山道勝碑 妹尾太郎兼康公墓に向かって左側に建てられている。
交通  JR吉備線吉備津駅より徒歩約8分、

山陽自動車道岡山ICまたは岡山自動車道岡山総社ICより車約15分(吉備津神社駐車場)

駐車場  普通車400台、バス3台(吉備津神社)、吉備津神社駐車場より徒歩約5分

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