庚申山 帝釈天 浄泉山 正法寺(じょうせんざん しょうぼうじ)

浄泉山 正法寺

浄泉山 正法寺

正法寺は、江戸時代元和年間(1615年~1624年)に、吉備の中山、庚申山の麓にあった藤原成親ゆかりの三つの庵室(坊)、正林坊、法住坊、月心坊を、成親の菩提供養と成親が信仰していた帝釈庚申天祭祀のため合体建立、正林坊と法住坊の頭文字を取って正法寺と名付けられたのが始まり。

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正二位 藤原大納言成親は、平氏全盛の平安時代末期(1177年)僧俊寛らと共に平家打倒の密儀を計った「鹿ヶ谷の陰謀」が発覚、有木の別所で非業の最期を遂げる前、平清盛により一門の20数名と共にここ庚申山の麓の三つの庵室(坊)に流され監視下におかれていたと伝わっている。

正法寺 山門

正法寺 山門

正法寺 本堂

正法寺 本堂

名称 浄泉山 正法寺
所在地 〒701-0136 岡山市北区西花尻261
TEL
創立 元和年間(1615年~1624年)
開基 智円院 日泉上人 別説ー正蔵院 日定上人
庚申山 帝釈天の歴史 1755年~1762年ー庚申山山頂に帝釈天堂を建立し帝釈天を移転(観達院日道ー正法寺8世)

1773年ー二天門、210段の石段、梵鐘完成

1950年(昭和25年)ー大東亜戦争に供出の梵鐘を再建

1955年(昭和30年)ー鬼神帝釈天の大立像建立

交通 JR山陽本線 庭瀬駅から徒歩約25分、

岡山自動車道総社ICより車で約25分

駐車場

 

家型石棺の蓋

家型石棺の蓋

家型石棺の蓋

浄泉山 正法寺の門を入って左手の庭に不思議な板状の石の板が建てられている。この石の板は播磨国の竜山石(たつやまいし)で造られた刳り抜き式家型石棺の蓋と推定されている。

庚申山 帝釈天

庚申山 帝釈天

庚申山 帝釈天

ここに祀られている庚申山 帝釈天は、宝暦年間(1751年~1764年)正法寺8世 観達院日道上人の代に、ここ庚申山の山頂近くに帝釈天堂を建立、それまで正法寺に祀られていた藤原成親信仰の帝釈庚申天を移転したのが始まり。

浄泉山 正法寺

浄泉山 正法寺-2

正法寺 本堂-2

正法寺 本堂-2

庚申山ー西花尻ちびっこ広場よりー

庚申山ー西花尻ちびっこ広場よりー

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