常念寺 自性院

常念寺 自性院

常念寺 自性院は、日野富子が亡き夫、室町幕府八代将軍、足利義政の供養をするため、義政の造営した、京都東山にある慈照寺(銀閣)にちなみ建立した寺といわれている。寺の庫裡の脇の建物には、足利幕府8代将軍の供養塔と将軍の正室、日野富子の墓と伝えられる宝篋印塔が建てられている。

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名称  小川山 常念寺 自性院(おがわさん じょうねんじ じしょういん)
所在地  〒709-0704 赤磐市沢原1208
TEL  0869-55-6175 赤磐市観光協会
本尊  千手観世音菩薩
脇仏  毘沙門天、地蔵大士
本堂 現在の本堂の建立年代は明確ではないが、鬼瓦の横の瓦には元文(1736~1741)の年号が
記入されていることから「元文」の時代に建立したものと考えられる。(現地案内板)
宝篋印塔 赤磐市指定史跡 宝篋印塔二基、

向かって左:伝足利義政公供養塔、

時代:室町時代、

高さ:172センチメートル、

石質:花崗岩、

向かって右:伝義政公御台所富子の墓、

時代:室町時代、

高さ:115センチメートル、

石質:砂岩、

ここ沢原(そうのはら)に御所段という地名がある。

又沢原(そうのはら)家に、代々伝えられた一幅の自画像がある。

口伝に、自画像の主は、去る都の高貴の御方にて小河御所様という、と伝えられている。

小河御所様とは、八代将軍義政公の御台所、九代将軍義尚公の御母、日野富子という御方である。

文明8(1476)年11月、室町にあった幕府邸が焼失したため、小河にあった義政の隠居邸を
増築して幕府を移し、政務を執った。

九代将軍義尚を補佐していた母富子の存在は大きく強かった。

従って富子を小河御所様と称していた。

文明15(1483)年将軍義尚と対立したため都落ちを決意し、赤松政則の家臣で幕府の所司代を
務めていた浦上則宗によって沢原に安住の地を求め、静寂な日々を送ることとなったものと
思われる。

延徳元(1489)年3月義尚将軍が25歳で陣中にて病没し、延徳2(1490)年正月には、夫義政公
が病没した。

富子はこの地に一寺を建立、小河山慈照院と命名し、宝篋印塔一基を建立して、夫とわが子の
慰霊と念仏の生活を送ったと思われる。

明応5(1496)年5月20日、57歳で自庵にて没した。

都からの従者沢原氏によって、夫やわが子の供養塔の傍に埋葬されたとのことである。

平成3年3月  赤磐市教育委員会(現地案内板)

ドラマ 日野富子は、1994年のNHK大河ドラマ「花の乱」の主人公
交通  JR山陽本線熊山駅より車約15分、

山陽自動車道山陽IC、または和気ICより車約25分

駐車場  有り

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