上東遺跡

上東遺跡

およそ1700年~2000年前の弥生時代後期から古墳時代前期を中心とする集落跡。多くの竪穴式住居のほか製塩炉や波止場状遺構を確認。貨泉や卜骨、骨鏃、桃核、絵画土器が出土。ここは波止場状遺構が検出された場所で、この遺構は地表下70cmで認められ、幅は14mから4.5mで、少なくとも長さは45m以上、高さ2mほどになる。

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「桃太郎伝説」の生まれたまち おかやま~古代吉備の遺産が誘う鬼退治の物語~が、平成30年5月27日付にて文化庁より日本遺産に認定され、ここ上東遺跡から出土された桃の種もその構成文化財として選定された。

名称 上東遺跡
所在地 〒701-0111 倉敷市上東
TEL 086-293-3211 岡山県古代吉備文化センター
特色 この遺構からは、9,608個に及ぶ桃核が出土された。桃核は水辺の祭祀に使用されたと推測され、この習俗は
中国からの影響が指摘されている。

吉備の中核を担ったこの地域の首長が海外の情報を積極的に取り入れた
ことがうかがわれる。

桃核は最近、邪馬台国畿内説で注目されている纏向遺跡でも約2,800個出土されている。

事業ー主要地方道箕島高松線改良工事、発掘調査―岡山県古代吉備文化センター

上東遺跡は、およそ1700年~2000年前の弥生時代後期における、西日本有数の遺構です。
この場所で、珍しい波止場状遺構が検出されました。

この遺構は「魏志倭人伝」に登場する、一支国(いきこく)とみられる原の辻(はらのつじ)遺跡
(現長崎県壱岐)で見つかった港跡に次ぎ、2例目の発見です。

波止場状遺構は地表下70cmで認められ、幅は14mから4.5mで、少なくとも長さは45m以上、
高さ2mほどになります。

この土手状の遺構は、粘土と砂と杭、そして、当時としては最新の技術であった敷粗朶(しきそだ)
工法を用いて築かれています。

舩だまりと思われるところからは、航海安全の祈願祭をおこなったものか、千個体をこえる完形の
土器が出土し、それらの中に絵画文土器がありました。

4コマ漫画風に線刻で、呪術者・悪霊・竜・カマキリを表現しています。

特に悪霊は、瞳を見開き、牙のようにむきだした歯をあらわしたもので、全国に例がありません。

このような上東遺跡の波止場状遺構は、古代吉備の港湾施設の一部として重要な位置を占めていたものと
考えられます。1999年3月岡山県教育委員(現地案内板)

交通 JR山陽本線庭瀬駅または中庄駅より車で約15分、

山陽自動車道倉敷IC、岡山ICまたは早島ICより車で約20分

駐車場 無し、但し近くにRSKバラ園の駐車場があり

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