頼仁親王墓所

頼仁親王墓所

JR木見駅近くにあるこの陵墓は承久の変で隠岐に流された父後鳥羽上皇に連座して児島に配流された頼仁親王の墓で、近くの五流尊瀧院には「この里に われ幾年か過してむ 乳木の煙 朝夕にして」の歌碑と同院御庵室には御影が安置されている。

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名称 新宮諸興寺跡(しんぐうしょこうじあと)
冷泉宮頼仁
(れいぜいのみやよりひとしんのう)親王墓所
所在地  〒710-0143 倉敷市木見
TEL  ー
概要  頼仁親王は承久の変で、父の後鳥羽上皇が隠岐の島に配流されると、親王もこれに連座して児島
に配流、五流尊瀧院御庵室に27年の幽居の後47歳で亡くなられ、この地に葬られた。

一説ではこの地出身の児島高徳は、頼仁親王の子孫とも云われている。

頼仁親王墓所を含む裏側一帯が諸興寺跡。

新熊野三山の新宮にみたてた大伽藍諸興寺を建てたが、応仁の兵火に焼かれる。

薬師堂と阿弥陀堂は残ったものの、元禄期に崩壊し、今は寺内の地名のみ残る。(現地案内版を参考)

交通 JR瀬戸大橋線木見駅より徒歩約5分、

瀬戸中央自動車道水島ICより車約10分

駐車場  無し