造山古墳ー鷹ノ巣城跡よりー

造山古墳

造山古墳は、備中国分寺、備中国分尼寺跡、こうもり塚古墳などが連なる「吉備路風土記の丘」の1km程東、足守川との中間付近に位置する。主要道路から少し外れるのでわかりにくいが、近くに駐車場や案内板も整備されている。

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名称  国指定史跡 造山古墳(つくりやまこふん)・第1~6号墳(陪塚) 大正10年3月3日指定
所在地  岡山市北区新庄下
TEL  086-226-7601 岡山県教育庁文化財課
概要  履中(りちゅう)天皇稜に次ぐ全国第四位の規模、岡山県下第1位
(墳全長350~360m、後円部径190~200m、高さ24~29m、前方部、幅約215m、
高さ約25m、面積約7.8ha)を持つ前方後円墳で,上・中・下の三段からなり,墳丘表面
には葺石(ふきいし)が葺かれ、各段には円筒埴輪列を巡らせていた跡が確認されている。

他に、楯(たて)・靱(ゆき)・蓋(きぬがさ)・家などの形象埴輪も見つかっている。

なお前方部に置かれている刳りぬき式の舟形石棺は阿蘇溶結(あそようけつ)凝灰岩製で
蓋には直弧紋が刻まれているなど九州各地域の石棺の特徴を持っている。

近くの新庄車塚古墳から運ばれたものとも、当古墳の前方部から出土したとも伝えられている。

墳丘上まで上がれる,全国でも唯一の大型前方後円墳として知られている。

5世紀前半の吉備を支配した「王」の墓と言われている。

6基の中小規模の古墳は、その王に仕えた近臣たちの墓(陪塚)とされており共に国の史跡に
指定されている。6基のうち千足古墳の石室には、直弧紋様の装飾彫刻を施した石障がある。

(第1・2・3・4・5・6古墳)(現地案内板を参考)

交通  JR吉備線備中高松駅から車約10分、

岡山自動車道岡山総社ICより車約15分

駐車場  有り

造山古墳(つくりやまこふん)と陪塚(ばいづか・ばいちょう)(1~6号墳)(国指定史跡)
造山古墳
全長約380mの前方後円墳で、五世紀前半頃に築造された。
大阪府にある大山(だいせん)古墳(485m)ー伝仁徳陵(にんとくりょう)ー、誉田御廟山(こんだごびょうやま)古墳(420m)ー伝応神陵(おうじんりょう)ー、上石津(かみいしず)ミサンザイー伝履中陵(りちゅうりょう)古墳(365m)-に次いで全国でも4位の規模の古墳である。
その規模から、造山古墳の被葬者は、畿内政権と肩を並べるほどの力をもっていた吉備の大王の墓と想定されている。
古墳は自然丘陵を削りあるいは盛り土して、三段に築盛されている。
前方部側に丘陵を切断した堀切のあとが残っている。
墳丘上には円筒埴輪や形象ー家・盾・靱(ゆぎ)等ー埴輪が樹立されていた
。また、前方部の荒神様の傍らには、新庄車塚(しんじょうくるまづか)から運ばれたとも前方部から掘り出されたとも伝える阿蘇凝灰岩製の長持形石棺と蓋の一部がある。
陪塚(1~6号墳)
造山古墳の周辺には、大小6基の古墳がある。
陪塚と呼ばれ、主墳(造山古墳)の被葬者の一族か、有力な従者の墓と考えられている。
造山古墳 陪塚1号墳ー榊山古墳ー
直径40mの円墳ないし造り出しを持つ円墳で、神獣鏡・銅鈴(どうれい)・馬形帯鈎(うまがたたいこう)ーバンドの留め金ーが出土したと伝えている。
また伽耶(かや)系陶質土器も出土している。
造山古墳 陪塚2号墳
1辺約40mの方墳。周濠が存在し、外堤上に埴輪列を伴う。
造山古墳 陪塚3号墳
直径約30mの円墳。
造山古墳 陪塚4号墳
直径約35mの円墳、あるいは前方後円墳。
墳丘部から円筒埴輪・形象埴輪(家・短等)が出土している。
造山古墳 陪塚5号墳ー千足古墳ー
全長75m、3段築成の前方後円墳、吉備地方では最古型式の横穴式石室が築かれ、石室内には直弧文の刻まれた石障(せきしょう)がある。
鏡・碧王製勾玉(まがたま)・鉄鏃(てつぞく)・埴輪などが出土している。
造山古墳 陪塚6号墳
直径約30mの円墳。(現地案内版)

造山古墳と陪塚ー南東部よりー

造山古墳と陪塚

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造山古墳と陪塚ー北西部よりー

造山古墳と陪塚

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