北曽根城跡

北曽根城跡

東から流れて来た金剛川が、北から流れて来た吉井川に合流する地点北西にある、標高172mの丘陵に造られた城。戦国末期に備前・美作・西播に権勢を誇った浦上宗景の家臣、明石景行が開いた。通称「和気富士」と呼ばれ、頂上からの吉井川、金剛川流域の眺めが素晴しい。

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名称  北曽根城跡
所在地  和気町曽根
TEL  0869-93-1126 和気町観光協会
概要  この城は、名黒山城とも呼ばれ、戦国末期に備前・美作・西播に権勢を誇った浦上宗景
の家臣、明石景行が開いた城である。

その後、弟宣行が跡を継ぎ、宇喜多氏の反乱に呼応して浦上氏を滅ぼし、四千五百石を
与えられたが朝鮮戦役で戦死、遺子久蔵も関ヶ原の戦で宇喜多氏に従って西軍につき
敗北、この城は廃城となった。

現在この山は通称「和気冨士」と呼ばれ、つつじの名所として親しまれている。

和気町(現地案内板)

交通  JR山陽本線和気駅より徒歩約40分、

山陽自動車道和気ICより車約10分、徒歩約30分

駐車場  ー

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