岡山市北区の市街地とその周辺にある寺社、特に岡山ゆかりの武将、藩主にゆかりの深い寺社や歴史ある寺社を中心に訪問。北区の内吉備路、庭瀬、御津建部地区の寺社はこことは別にそれぞれの地区に掲載。

Google Mapー戦国武将や岡山藩主ゆかりの寺社地図ー

Sponsored Link



妙林寺本堂

妙林寺本堂

妙林寺

備前藩池田光仲と因幡藩池田光政の国替えの際、日意上人が光政公に従い、旧山崎町に因幡から寺院を移し建立したのが起こり。その後、貞享3(1686)年、日周上人が現在地に移転、元文元(1736)年現存する堂宇を建立。

妙善寺本堂

妙善寺本堂

妙善寺

かっては福輪寺という真言宗の寺であったが、南北朝の初め、日蓮宗に改宗。寛文7(1667)年岡山藩の厳しい迫害と弾圧を受け無住となり、堂宇も取り壊されたが、明治10(1877)年津島教会所として再建、明治30年に再興。

法界院仁王門

法界院仁王門

法界院

開山は天平年間(729)報恩大師と伝わり、本尊の木造聖観音立像は、脇仏の多聞天、持国天と共に平安時代の藤原中期作の秘仏で、33年ごとに開扉される。仁王門は重層八脚門で、楼門としては県下で屈指の規模である。

名称  岡山市北区市街地とその周辺の寺社
所在地  岡山市北区
瑞雲寺本堂

瑞雲寺本堂

瑞雲寺

暦応年中(1338~1341)の創建といわれ、成就寺と呼んでいたが、慶長7(1602)年、岡山藩主小早川秀秋を葬ってから、その法号にちなみ瑞雲寺と改称。小早川秀秋の墓は本堂の中にあり、秀秋の木像も安置している。

光珍寺

光珍寺

光珍寺

宇喜多氏の菩提寺として、宇喜多秀家ファンの多くが訪れる光珍寺。第2次世界大戦の岡山空襲により焼失したため今は鉄筋の建物の中の3階に本堂があり、本堂に向かって左側には宇喜多氏の祭壇が祀られている。

太然寺

太然寺

太然寺

奈良時代、南都五大寺の一つ大安寺の荘園を管理するための支院として創建されたのが始まり。室町時代初頭に、岩根山太然寺という禅宗寺院となり、戦国時代の永禄4(1561)年、備前国守護の松田一族により日蓮宗に改宗されている。

長泉寺山門

長泉寺山門

長泉寺

永正6(1509)年創建の真言宗御室派の寺院で、開創当時、周辺に備前国の薬草園が広がっていたことから山号を薬園山としたと伝えられている。本尊の薬師三尊の外陣右に弘法大師像(明暦元年在銘)が、左には大日如来が祀られている。

大雲寺

大雲寺

大雲寺・日限地蔵尊

本尊は阿弥陀如来。大雲寺がこの地へ移転してきた時に掘り出された地蔵尊が「日限地蔵尊」として祀られ、境内の地蔵堂にも様々の地蔵尊が祀られている。毎月23日には、縁日が開かれ、夜店も立ち並ぶ。

蓮昌寺境内

蓮昌寺境内

蓮昌寺

当初は岡山城内にあったが、城主の変転に伴い城内で場所を移動、その後、慶長6年(1601年)に現在地に移る。それ以来広大な境内に七堂伽藍を有し、48ヶ寺もの塔頭を有していたが、昭和20年の空襲により全焼。昭和43年新本堂を再建。

Sponsored Link



金刀比羅神社

金刀比羅神社

金刀比羅神社

宇喜多直家が岡山城に入城した時の城下町整備で旧山陽道に面して創建。岡山大空襲により付近一帯が焼け野原となるも、翌年には本殿と社務所が再建。狛犬や石灯籠、手水鉢にその痕跡が残り、戦災の恐ろしさを物語っている。

今村宮本殿

今村宮本殿

今村宮

宇喜多直家が岡山城を拡張した際、内山下榎の馬場にあった三社明神を現在地に移し、同地の八幡宮と合祀したもの。本殿は、元和9(1623)年に再建された、桃山時代の特色をよく伝える建物(岡山県指定重要文化財)である。

宗忠神社参道

宗忠神社参道

宗忠神社

黒住教の教祖、黒住宗忠を祭神として、京都の神楽岡宗忠神社に続いて、祭神の生誕地に、明治18年(1885)建立、鎮座された。黒住教本部は、道路道路拡張の影響で、昭和49(1974)年に岡山市尾上の神道山へ遷った。

銘金山金山寺

銘金山金山寺

金山寺

備前48ヵ寺の根本道場として栄えた名刹。その後、法相宗から天台宗に改め、遍照院と号した。金川城主松田氏より日蓮宗への改宗を迫られたが応じず一山焼き尽くされるも、後、法印円智が宇喜多直家の庇護を受け、本堂、護摩堂を再建。

日応寺本堂

日応寺本堂

日応寺

養老2年(718)、報恩大師によって創建。聖武、孝謙、桓武天皇らの病気平癒祈願が行われ、勅命をもって仏恩に感謝したという故事をもち、周辺に勅使堂、勅使道、玉御膳所などの地名や旧跡が残されている。若き栄西禅師が修業した寺。

皷神社

皷神社

皷神社

備中の二宮、主神は、吉備津彦命の后、高田姫命。かっては、五社殿があり、「皷五社大明神」と称せられていた。本殿に向って左奥手に、鎌倉時代の特徴を伝える南北朝期の名作のひとつとされている国指定重要文化財の宝塔がある。