鶴形山ー向山公園よりー

鶴形山ー向山公園よりー

Sponsored Link



倉敷美観地区の背後にある鶴形山は海抜40mの小高い丘で、山頂には倉敷の総鎮守である阿智神社が鎮座しており、阿智神社の西側には、真言宗御室派の寺院、宝寿山観龍寺が建てられている。山上一帯は鶴形山公園として整備されており、春の桜やツツジ、藤の見所として知られている。

本殿西の磐座ー阿智神社ー

本殿西の磐座

阿智神社の磐座

阿智神社のある杜は浅瀬の海に浮かぶ小島であった。この小島に朝鮮半島より渡ってきた阿知使主一族が、日本に古くから伝わる盤座や磐境に、彼ら大陸の蓬莱思想に基づく鶴亀の石組や陰陽思想的な盤座を組み合わせた斎場を造った。

阿智神社ー本殿ー

阿智神社

阿智神社

鶴形山山頂に鎮座。古くは島で神功皇后の西征の際海の守護神として鎮り渡来氏族の阿知使主が祀ったと伝えられ、現在名の前には阿智の明神と呼ばれた。祭りには倉敷名物”素隠居”が出て、”三女神の舞”、”天領太鼓”などが奉納される。

観龍寺ー本堂・大師堂ー

観龍寺

宝寿山 観龍寺

鶴形山の一画にある備中西国三十三所観音霊場の一つ。美観地区訪問時、時間さえ許せば参拝をお勧めの寺。旧大原家住宅有隣荘の間を通ってトンネル横の石段を登ると観龍寺がある。ここの境内から倉敷の町並みを眺めるのも良いものだ。

鐘楼ー鶴形山ー

鐘楼ー鶴形山ー

鶴形山の鐘楼

中期の寛保2年創建以来村に時を知らせる鐘として親しまれてきた。幾度かの喪失と再建を経て昭和24年故大原総一郎氏により寄付された鐘が自動鐘打機により打ち鳴らされている。図柄は棟方志功氏によるもの。

妙見宮

妙見宮

妙見宮

鶴形山山頂に文禄3年(1594)に妙見宮が遷宮、寛永5年(1628)に観龍寺が別当となって祭祀祭礼を司ってきた。明治2年の神仏分離令で妙見宮は観龍寺に戻り、跡には阿智神社が建立され海上交通の守護神宗像三女神を祀ったとされている。

阿知の藤

阿知の藤

阿知の藤

樹齢約500年のアケボノフジで同種のフジとしては日本一の巨樹。毎年5月初旬頃薄紫に朱を挿した美しい花を咲かせることから曙藤の名が付いている。幹廻り1.5m、根元周囲2.2m。この藤にちなんで、藤は倉敷市の市花にもなっている。

Sponsored Link



鶴形山とその周辺パノラマー向山よりー

鶴形山とその周辺ー向山よりー

向山から見た鶴形山とその麓の倉敷美観地区

鶴形山の背後より少し西寄り、画面中央付近がJR倉敷駅、その背後には倉敷酒津西の八幡山が丸く突き出て見える。

右端に見える高い山は、足利尊氏と新田義貞が対立し南北朝時代の端緒となった備中福山合戦の舞台、福山城跡

戦国時代末期、宇喜多秀家は、備中高松城水攻めの際培った築堤技術を使い、吉備の穴海に浮かぶ小島であった鶴形山の南東にある向山の山裾からこの鶴形山の南山裾を通って高梁川の河口であった酒津方面まで堤防を築き(宇喜多堤)後に倉敷発展の基礎となる干拓事業の端緒を開いた。

Sponsored Link