本殿ー吉備津彦神社ー

本殿

岡山市中心部より国道180号線を西進すると古代「吉備の国」で神体山として崇められた「吉備の中山」の北東麓にさしかかる。ここに鎮座し備前の一宮として信仰を集める神社には吉備国草創の伝説上の英雄吉備津彦命が祀られている。現在の本殿は1697年(元禄10年)、岡山藩主池田綱政による再建。

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名称  吉備津彦神社
所在地  岡山市北区一宮1043
TEL  086-284-0031
主祭神  大吉備津彦命
概要  昔ばなし「ももたろう」の主人公である吉備津彦命を祀った神社。

江戸時代中期の元禄10(1697)年造営、三間社流造、檜皮葺きの流麗で清楚な本殿
を有し、備前国の一宮として広く信仰を集め、古式豊かな池泉回遊式庭園を舞台に、
8月にはお田植祭が、10月には流鏑馬(やぶさめ)の神事が行われる。(現地案内板を参考)

特色  日本一の大灯篭、備前焼の大狛犬
重要文化財  岡山県指定重要文化財 吉備津彦神社本殿 昭和43年4月19日指定
無形民俗  岡山県指定無形民俗文化財ー吉備津彦神社の御田植祭(おたうえさい) 昭和39年1月16日指定、

御斗代神事(みとしろしんじ)と御幡献納祭(おはたけんのうさい)の二つからなる。

御斗代神事が俗にいうお田植え祭りで、御幡献納祭は病害虫除けと悪疫退散の信仰から
といわれ南方からやってきた稲作文化の伝統を象徴したものとされる。

この祭は、祭神の吉備津彦命の凱旋の行列になぞらえたものと伝えられ、平安朝時代
から続く伝統を 持っている。(8月2日~3日)

主な庭園  吉備津彦神社の庭ー三島が直線的に配置された古式庭園
石造建築物  岡山県下の三大石造建築物の一つー吉備津彦神社灯籠ー

池田忠雄の墓塔と茅部神社鳥居と共に岡山県下三大石造建築物の一つと数えられている。

拝観時間  8:30~17:00
交通  JR吉備線備前一宮駅より徒歩約3分、

山陽自動車道岡山ICより車約10分、

岡山自動車道総社ICより車約15分

駐車場  普通車100台

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吉備津彦神社 本殿

吉備津彦神社 本殿

吉備津彦神社 本殿

吉備津彦神社 本殿は、寛文8年(1668)岡山藩主 池田光政が造営に着手、江戸時代中期の元禄10年(1697)、光政公の子、池田綱政により完成された、三間社流造り・檜皮葺の優美な社殿。昭和43年4月19日、岡山県指定重要文化財 建造物に指定。

大石燈籠

大石燈籠

大石燈籠

随神門を入った境内左右に、六段に築き上げた大基礎の上に総高12m、台石の最下段の一辺が8m、基礎・竿・中台・火袋はそれぞれ一石造りで、火袋の縦の長さは1.1m、横幅1m、笠石は3.6m四方で広さが8畳敷きもあるという大きな灯篭がある。

温羅神社

温羅神社

温羅神社

祭神は、吉備津彦命が退治した鬼とされる温羅の和魂。桃太郎伝説では温羅は村人や女性たちを困らせる悪い鬼として登場するが、吉備地方では百済から製鉄技術をもたらし、吉備地方を繁栄させた百済の王子として尊敬されている。

桃太郎像ー吉備津彦神社

桃太郎像ー吉備津彦神社ー

桃太郎像

吉備津彦神社の駐車場横にある桃太郎の像。足元には、お供の犬・猿・雉が!駐車場の隅にポツンと置かれているのですが、作者も、設置時期も書かれていない。しかし、一度見たら忘れられない不思議な印象の桃太郎像です。

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矢喰神社

矢喰神社

矢喰神社

吉備津彦命の御矢を祭神とする神社で、吉備津彦神社境内に末社として祀られている。吉備津彦命が温羅と戦った時、吉備津彦命が放った矢と温羅が投げた岩がぶつかり、岩に食い込んで落ちた所には矢喰の岩があり、矢喰神社が祀られている。

鯉喰神社

鯉喰神社

鯉喰神社

楽々森彦荒魂、鯉喰明神を祭神とする神社で、吉備津彦神社の境内に祀られている。温羅伝説で温羅が鯉になって逃げ、吉備津彦命が鵜になって追いかけて鯉を食べた所といわれる足守川右岸にも鯉喰神社が祀られている。

楽御崎神社

楽御崎神社

楽御崎神社

楽御崎神社は、吉備津彦命が温羅退治に向かった時の従者の一人で、桃太郎伝説の中では猿をさすといわれている。吉備津彦神社の境内、本殿・渡殿のある敷地の最も手前の両脇に祀られている。下の吉備津彦神社案内図の中で11と14に相当する。

尺御崎神社

尺御崎神社

尺御崎神社

尺御崎神社(しゃくおんざきじんじゃ)は、吉備津彦神社の本殿が祀られている敷地の両脇に祀られている神社。御祭神は夜目山主命(やめやまぬしのみこと)、吉備津彦命が温羅退治に吉備地方へ遠征してきた時に、武勇を働いた吉備の国の人の霊社。

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