吉備路ー鬼城山よりー

吉備路

吉備津宮縁起には「桃太郎の鬼退治」の基になったと言われる温羅伝説がある。出てくる人物、地名、動物などは多くが物語として分かり易くしたのだろうが、ゆかりの地を結んでみると戦闘の様子を様々想像することが出来て楽しい。

Sponsored Link



名称  温羅伝説ー桃太郎伝説ー
所在地  吉備路ー岡山市・総社市・倉敷市
TEL  ー
概要   ー桃太郎の鬼退治の物語ー

吉備津宮縁起には、おとぎ話の「桃太郎の鬼退治」の基になったと言われる温羅伝説がある。

第10代の宗神天皇の頃、百済の王子と称する温羅(うら)という鬼が住んでいた。

両眼は大きくて毛髪は赤く、大きな身の丈で腕力は強くて、新山(にいやま)造った鬼ノ城
を拠点に、西国から京への貢物を略奪したり、里の人民に危害を加えるなど悪事の限りを
働いていた。

吉備の人々が、この窮状を都に訴えたため、天皇は、温羅征伐のため、孝霊天皇の子で四道
将軍(よつのみちのいくさのきみ)の一人・吉備津彦命(きびつひこのみこと)を派遣した。

彦命は兵数千を率いて、東の方吉備の中山に陣(現在の吉備津神社の付近)を構え、西の方は、
日畑西山(稲荷山)に石の楯(楯築(たてつき)遺跡)を築き甲兵を引きい、鬼ノ城の温羅
と戦った。

吉備津彦命の射た矢は、空中で温羅の投げる岩に食い込まれて落ちてしまい勝負が決まらない
(その岩の落ちた所が矢喰宮)。

そこで、吉備津彦命は二本の矢を同時につがえて放つと、一本は温羅の左眼に命中した
(その血が流れて川となったのが血吸川、下流の赤く染まった浜が赤浜)、もう一本は
岩に喰い込んで下に落ちた。

温羅は雉となって山中に隠れたが、彦命は鷹になって雉を追った。

次に、温羅は鯉の姿に化けて川を逃げ下った。

すると吉備津彦命は、鵜となって温羅を追い鯉をついばんで退治した(鯉喰神社)と言
われている。

交通  JR吉備線吉備津駅より徒歩約5分、

山陽自動車道岡山ICまたは岡山自動車道岡山総社ICより車約15分、

ゆかりの地は上の様に沢山あるのでここでは出発点として、吉備津神社の駐車場までを記載

駐車場  普通車400台、バス3台(吉備津神社の駐車場)